家具3_家族共有の家具 ― 2012年03月02日
今、家庭の中に家族共有の家具ってどれくらいあるんだろうか? ダイニングのテーブル、居間のソファーとセンターテーブル・・・そんなもん?・・・何か違う。皆、用が済めば自分の部屋に隠ってしまう。ただ通り過ぎるだけの家具に思える。果たして、家族皆を受け入れる家具というか、家族の要(かなめ)のような家具というか、そういう家具が今の家庭の中にあるんだろうか?
私が物心ついた頃、我が家の居間に抽斗いっぱいの家具があった。そんなにたいした作りでもなく普段使いの生活感が滲み込んだものだったような記憶がある。それほど大きくもない抽斗が横に4列だったか5列だったか? 縦にはちょうど家族の人数分の5段だった。全体としては結構大きなもので壁に埋め込まれていた。そして、この抽斗はそれぞれ家族全員への割当が決まっていた。多分、暗黙のうちに決められていたんだと思う。一番上の列がお父さんの抽斗、次がお母さん、その次が兄で、次が姉、一番下が末っ子の私の抽斗だった。その順番はよく覚えている。いつも興味津々で、内緒で全部の抽斗を覗いていたから・・・。
お父さんの抽斗には煙草の道具とか仕事のことを書いた紙とか、お母さんの抽斗は家事の道具なんかが中心だったような気がする。中学生の兄のところはいろいろ難しそうな玩具や壊れた?カメラなどがあったりしてとても興味がそそられた。姉のには人形っぽいものばかりでつまらなかった。私のところは多分年相応のオモチャだけだったと思う。
要するにそこは、家族それぞれの小さな小さな部屋だった。特に自分専用の部屋なんて無い田舎の家だったのでそこに家族のすべてが集まっていた。そこを中心に家族全員が行き交った。一番年少の私はそこで父を知り、母の優しさを受け、兄を羨ましがった。自分が兄と同じ歳になったとき、上から3段目の抽斗を使い、あの兄の玩具と同じものをそこに仕舞う、そんなことを夢に見た。いつでも家族に触れられる場所だった。
さて今現在、そんな家具を持っている家庭がどれほどあるだろう? 家庭、あるいは、家族の崩壊、よく聞く話だが、そこには多分それが無いんだと思う。自分の家庭を振り返っても、果たしてそれがあるのかどうか不安になる。
以前、私はこのテーマのもとで「4×6抽斗チェスト」をつくった。前述の私の記憶を形にしたものだったが、でももうそんな単純なものでは済まなくなっている。今の時代の「家族」全員を引き寄せる家具とは、単なる存在感とか機能性とかいうものだけでなく、もっと新しくてもっと深い何かが必要だと思う。私はそれを知って、それをつくりたい。
ところで、私が中学生になった頃、あの抽斗の家具はすでに無くなっていた。夢に見ていた3段目の抽斗を占有することもなかった。その頃には兄も姉も都会に出てしまい、私は反抗期の真っ最中で父と食卓を共にすることもなく、それを見て母はいつも泣きそうにしていた。・・・家族が随分と小さくなっていた。(2002.8)
写真/3x6 抽斗チェスト
http://www.mizuki-kobo.jp/_gallery/_chest/__chest/3x6/3x6.html
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